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松・杉並木(松並木)新・日本街路樹百景 北エリア(千畑地区)
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明治時代、衆議院、貴族院議院をつとめた政治家であり、漢詩家であった坂本理一郎(雅号東嶽)は、原野の開発に着目した理想の村づくり構想を抱き、明治30年代に入って田園都市計画としてその構想の実現に着手した。そのひとつとして植えられた千屋小学校付近の松・杉並木は明治35年前後に植樹され並木道となった。なお、現在の千屋小学校周辺の桜、一丈木公園の桜も同時期のものとされている。現在まで大切に継承され、地域のシンボルとして良好な景観を形成している。

     
松・杉並木(杉並木) 北エリア(千畑地区)
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 同  上

     
星山清水のねずこ 北エリア(千畑地区)
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文政11(1828)年、この地を訪れた菅江真澄は「月の出羽路 仙北郡」で泉と巨木のスケッチを残している。幹回りは474㎝、樹齢は推定400年である。当時ここは星山源蔵という武士の屋敷であったといわれている。現在でも根元から清水が湧いており、農家が種籾をつけたり、野菜を冷やしたりするなど生活に欠かすことのできない清水として利用されている。

     
杉立木(行太子神社) 北エリア(千畑地区)
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明治の初めに地域の人々が聖徳太子をご神体とした太子堂という祠を郷社として祀った神社のそばに立つ巨木である。

     
野中の一本杉 中央エリア(六郷地区)
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小西家の女中であった「おかね」が桃の節句の時、下男に殺害された。その死を悲しんだ小西家が野中地区に手厚く葬った際、そのそばに植えたと伝えられている。

     
一里塚の欅 中央エリア(六郷地区)
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佐竹藩が慶長八年より着手した羽州街道整備の際に設けられた一里塚である。道をはさんで南側にサイカチを植えて一対となっていたが、今は失われている。

     
八幡神社の欅 南エリア(仙南地区)
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金沢西根字大久保地区の鎮守である八幡神社の境内に生育している。幹回りは510㎝、樹齢は推定360年である。八幡神社は金沢八幡神社の遥拝殿として創立されたと伝えられている。この境内には、町指定文化財である板碑2基(貞和弥陀三尊碑、八幡釈迦碑)が祀られている。菅江真澄がこの地を訪れた際、八幡宮と貞和弥陀三尊碑をスケッチしている。

     
天陪の一本杉 南エリア(仙南地区)
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南北朝時代の禅林・吉祥山西法寺の境内にあった杉と伝えられ、根元から湧き出ている清水にそびえる大木である。幹回りは370㎝、樹齢は推定300年である。後三年合戦(1083?87年)の時、源義家が雁の乱れ飛ぶのを見て、天陪原の湿原に敵の伏兵を発見して勝利し、敵兵30余騎の屍を埋めた塚に植えた杉という伝説も残る。菅江真澄が「月の出羽路」で「あまべ」の記述として「阿麻倍」「あまべ」「海陪」などと表記している。

     
善巧寺の銀杏 南エリア(仙南地区)
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今から約1000年前、石神の鎮守、石神権現社の境内に植えられた銀杏と伝えられている。その幹に触れると子育てのご利益があるとも言われる。

     

 

 

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